2012年4月7日土曜日

過労死・自死相談センター



上畑 鉄之丞(聖徳短期大学教授、元国立公衆衛生院)

1.過労死とは

 過労死とは何なのか。私自身は、循環器の病気、脳卒中や心筋梗塞などを発症した家族が、仕事による過労が原因だとして、労災認定、業務災害の認定を求める運動で使用されるようになった社会医学用語と位置づけております。具体的には、過重な労働負担が引き金になり、高血圧や動脈硬化などが悪化して、脳卒中や心筋梗塞などの障害を発症して死亡する。なかには半身不随など生存しても仕事ができないという人もいますが、そういう状態も含めて過労死と言っております。
 また98年からは自殺が急増します。弁護士の川人博さんが、岩波新書「過労自殺」の中で、過労自殺とは、仕事による過労、ストレスが原因で自殺に至ること、過労死と一緒という定義をされております。現在では広い意味で過労自殺、自死だとい う表現をする人もいます。そういうものも含めて過労死と考えています。
 私が杏林大学に勤務していた約30年前ですが、第一次石油ショックが起こり、トイレットペーパーなどの買占めが起こりました。日本は高度成長をずっと続けていたんですが、この石油ショックで止まってしまい、企業倒産がどんどんでてきました。当時はリストラとは言わず、レイオフ、仕事がないので会社に来ないでくれ、その間最低限の収入で我慢してくれという制度がありました。首を切られた人もいました。最初は、中高年の人が切られるんです。給料の高いところから首をきっていく、そういう時代でした。だから去っても地獄、残っても地獄、残ってもやめた人の分まで働かなければいけないので、過重労働になっていきます。

2.過労死と出会った事例

 私が過労死と出会った最初の事例は、急性心不全で亡くなった印刷労働者の奥さんが、労働組合の紹介で、「労災にならないでしょうか」と相談に来られたのが最初でした。この方は、週に2〜3回36時間連続勤務がある会社でした。一日24時間ですから、36時間というのは、もちろん2〜3時間は仮眠をとっても、次の日の夕方までずっと仕事し続ける、そういう勤務でした。当時、私は心不全を仕事との関係で考えたことなかったんですが、調べてみるとやはりおかしいということで労災の意見書を書きましたが、業務外ということでした。
 その次は、週6回オール徹夜勤務をしていた製パン工の人の心筋梗塞死亡です。通常、パを作るのは、いつも夜から朝にかけてです。この方は、九州の炭鉱の離職者で、埼玉のパン工場に就職し て、3年間無遅刻、無欠勤で勤めた人です。ある夜、ベルトコンベヤーのそばで倒れて、そのまま亡くなりましたった。悲惨な話で、昼間働くのと夜働くのでこんなに違うのかと考えさせられる事件でした。この方の場合は、労働組合が遺族を支援して13年間労災認定の運動を続け、最後に東京高等裁判所で勝ったという事件でした。
 この頃はポックリ病が、大変有名でした。何処をタタいて頑丈な人が、夜中にうなり声をだして苦しみます。隣に寝ていた家族がどうしたのと声かけたら死んでいたという原因不明の病気でした。今はだいぶわかってきてブルガタ症候群といいまして、心電図の一部に特徴的な所見があり、遺伝子の異常が一部にみられる病気と言われています。当時、胸腺リンパ性特異体質と言いまして、首のところ� �は、生まれた時に胸腺というホルモン器官があり、成長が終わると萎縮するとされていましたが、突然死する人は成人になっても胸腺が残っている、つまり胸腺遺残という状態で、パルトフという人が19世紀に提唱した有名な説がありました。特異体質だというというのです。
 ところが、罪を犯して死刑になった人や他殺死体、健康死体といいますが、これを調べてみると胸腺が残っている人が多いということがわかり、特異体質や突然死と胸腺は関係ないということがこのころわかりました。当時は、タクシー運転手の運転中の急死もよくありました。神風タクシーなんていうのもありました。運転中に、突然脳卒中や心臓病で亡くなるのです。気が短い運転手、イライラばっかりして怒りっぽい運転手がなりやすい、性格が起こ� �んだと説明されていました。新聞でも、特急の機関士が急死したとか、タクシー運転手が急死したとかが新聞の話題になっていました。

3.過労死の最初の研究発表

 脳卒中や心臓病で亡くなった人の労災の認定基準は、昭和36年に最初にできています。この認定基準は、発症の直前、もしくは24時間以内に精神的、身体的に医学的に明らかだと認められるような災害的事態があった場合に、業務上認定するというものでした。
 私が初めて過労死の研究を発表したのは、1978年の日本産業衛生学会です。 過労死いう言葉を最初に使ったのです。「過労死に関する研究−職場の異なる17ケースの検討」いうテーマでした。学会では、変わったことをいうやつがいるなという感じであまり注目はされませんでした。懲りずに翌年も発表したことを覚えています。
 ただ、循環器疾患での死亡で、労災申請をするケースは確実に増えていきました。石油ショック後の不景気の時代ですから� ��残された遺族としてはあれだけ仕事をして、死んでしまつて、一銭の補償金もない、せめて労災認定してくれないかという思いがあり、マスコミでも過労死に関心を持たれていきました。私は、責任の重い仕事、深夜労働や長時間労働、密度の高い労働などが続くと、もともとあった高血圧などが悪化して、急激に脳卒中や心筋梗塞を発症して、死亡することがあるんだということを提唱していました。ようやく30年くらいたった現在、この説が認められるようになったのですね。


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4.過労死の労災認定運動

 過労死の労災申請をしても、被災をした側は自分で証明しないと業務上認定してくれませんでした。私は、その支援のためにも、一生懸命労災意見書を書きました。おそらく20年くらいの間に、200通以上書いたと思います。来る日も来る日も労災の意見書を書いた時期があったのを覚えています。
 また、過労死をなくすために、世間に訴える啓蒙活動にも力を入れました。当時は、労災申請をしますと、意識的な労働組合は、大抵遺族を支援しました。現在はもそういう労働組合の支援活動はめったにありませんが、当時はけっこう活発でした。過労死の労災申請の運動に、労働組合が遺族を支援するのが普通だったんですね。
 例えば、労働組合が「生命まで売っていない!」というパンフレットを出しています。こ れは、私がイタリアの労働組合と交流した時に、イタリア語の「サルーテ・ノン・シ・ベンデ」というスローガンがありました。労働者は、労働力を提供して賃金はもらうが、健康まで売ったわけではない、生命まで売っていない!という意味です。

5. 過労死モデル

 90年代の初めにそれまで書いた労災意見書の事例、200例をまとめてみました。
ホワイトカラーとブルーカラーで大体半々です。どんな年代に多いのか、死亡した人はどういう特徴があったのか、病気の種類はどんなのが多いのか、そういう事例のまとめです。
 発症前には、やっぱり長時間労働が目立ちます。週60時間以上働く、月50時間以上の残業、あるいは月間所定休日の半分以上仕事をしている。そのどれかがある人を長時間労働者としましたが、3分の2が長時間労働をしていました。それ以外に、深夜勤務とか出張が多いとか単身赴任とか、いろいろなことが複合的にかぶさって、過労死が起こっているということを報告しました。
 過労死する前にどんな症状があるか。ほとんど死んでいる人だから聞� �訳にいきませんので、遺族や同僚の人の証言をもとにしましたが、203人中111人、ほぼ50%の人の訴えがわかりました。このうちの約6割が、「最近の疲れは普段と違う」とか「こんな疲れは異常だと」と言っていました。強いて言えば、これが過労死の徴候ではないかと思います。
 当時、過労が循環器の病気と関係するということは、世界的にもあまり論文はなかったんです。
 60年代の初めころですが、せっかちな人、次から次へと目標に挑戦する人のことをタイプA行動、そうでない人をタイプBという説がアメリカで出されます。タイプAの人は、心筋梗塞を起こしやすいというのでした。
 80年代になって、スウエーデンのカロリンスカ研究所の人がデマント・コントロールモデルという説を提唱します。仕事の� ��求度が高くて、仕事の裁量の自由度があまりないような人が、心筋梗塞を起こしやすいというのでした。 この説の次に、アメリカのマサチューセッツ工科大学のカラセック先生が、デマンド・コントロールモデルに仕事の支援度という項目を加えたExtended Karasek Modelを提唱します。仕事の要求度が高く、仕事の支援度が低い。そういう場合には、裁量の自由度が高くても、低くてもどちらも心臓の病気をおこしやすいというモデルです。私はそのモデルを過労死の事例で検討しましたが、ピッタリ一致しました。また、日本の場合は、プラスアルファして長時間労働が加わりますので、それが過労死モデルだと欧米の学会で発表したんです。これが、認められたんだと思いますが、90年代の初めには、日本の過労死モデルが、世界的にも知られるようになりました。そのうちに、日本医学会総会で過労死について教育講演をしないかという話しがきました。日本心臓財団から予防医学賞といのもいただきました。過労死を学会で認めてもらうまでに20年くらいかかっています。当時出版した「過� � �死の研究」という本は、今でも大学の医学部の図書館や市役所の図書館には必ず置いてあります。


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6.過労死防止の啓蒙活動と海外の反響

 過労死を予防する啓蒙活動では、ワーカホリック度チェックを作りました。ホリックというのは仕事中毒ということです。A.仕事上の危険信号、B.生活習慣の危険信号、C.、自分がどんな病気を持っているか、身体の病気の危険信号、この3つの面からみて、AもBもCも3つ以上にチェックがあると、過労死してもおかしくないというチェックリストです。これは、大阪の医師会がマンガにしてくれました。
 弁護士さん達と「ストレス疾患労災研究会」という勉強会を結成しました。年4回、「健康と安全」というニュースレターも出しました。
 海外の反応ですが、タイムというイギリスの雑誌が、初めて過労死を取り上げました。「日本のビジネスマンは過労死に捕まっている」「休みをとっても、戻って来たら 、もっとひどい仕事が待っている」と言う見出しでした。私が覚えているのは、ポーランドのワレサ大統領が日本に来たことがありますが、その時にポーランドテレビが取材に来て、日本特集をやったんですが、その内容は相撲と過労死のふたつでした。
 過労死に関心を持つ研究者にも会いました。スウエーデンのカロリンスカ大学にストレス研究所というのがあり、所長のレナード・レビ先生が日本にこられたことがあります。当時、朝日新聞が取材していますが、「私は日本人にどうしろというつもりがないが、これだけ余裕のある国なのに、働きすぎの年間500時間のうち300時間だけでも、なぜ家族のために使わないのか」と言っています。500時間というのは、当時の欧米の年間総労働時間に比べて、日本人は50� �時間多く働いていたのです。また、「日本人では、子どもまで過労死しそうだ。お父さんは子どもが寝ているうちに会社に行って、子どもが寝てから家に帰ってくる。日曜日にはゴルフに行ったりする。中には母親までいない子もいっぱいいるんじゃないか、日本人の子どもはかわいそう」とも言っています。
 ILOも過労死に注目しました。ILOは92年に「Stress at Work」という報告書を出していますが、この中で日本の過労死を取り上げています。「日本人は長時間働くので有名だけど、日本人の1時間当たりの労働生産性は、世界の先進国の中で最低」書いていました。チンタラ・ダラダラ働いている、と皮肉っているのです。


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7.職業ストレスの疫学研究

 国立公衆衛生院に移ってからは、過労死の事例研究だけでなく、疫学研究に乗り出しました。3万人くらいの労働者を登録しておいて、1年後、2年後にフォローする調査です。あちこちの労働組合に協力してもらって、労働、健康状態、生活習慣のアンケートをとり、その人が、1〜2年後に脳卒中や心筋梗塞で倒れたりすると、元気だった時のストレスなどと比較をする研究です。これは、大変な研究なんですが、大変非情な研究でもありました。早く病気になって、過労死してくれた方が研究が進むわけですから。
 この調査は175の労働組合が協力してくれました。最初にアンケートに協力してくれた人に、もう1回アンケートを書いてくれませんかと、お願いするのです。亡くなった人、やめた人、長期休業の人。仕事を辞めた人� �は、自宅にも連絡して調べました。こうやって、高血圧や糖尿病、心臓発作などを発症した人の、最初のストレス状態を比較する研究をしました。わかったことは、たったこれだけです。
 高血圧の発症では、濃い味付け、肥満、糖尿病の既往などのリスク要因が悪化させるとわかりました。また、悪化に関連する要因では、週60時間以上の労働、月50時間以上の残業、高脂血症などもありました。さらに、発症の抑制要因では、週1回以上の運動習慣、週1回以下の飲酒習慣などが関連していました。
 糖尿病では、長時間労働の要因は出てこないんですが、過大な仕事、ミスが許されない仕事、離婚、蓄積疲労などが発症の誘因となっていました。発症の抑制要因は仕事にゆとりがある、ほぼ毎日緑黄野菜をとっている、夕食をき� �んと取っている人などでした。
 私達のやった職業ストレスと生活習慣病の疫学研究では、日本ではの最初のものです。
残念なことに、心筋梗塞や狭心症は3万人調査したからといって、たくさん発症するわけではなく、心臓発作で休んだという方を対象に検討しました。その結果、タイプAとかタバコ、休日が少ない、慢性のストレスを抱えているなどのリスク要因が検出されました。
 ただ、脳血管性疾患は、発症の数が極端に少ないのでわかりませんでした。そして、、ここまでわかってきて、お金がない、人もいないで研究は中断しました。報告書を3冊、パンフレットで「はたらきすぎと健康〜過労の予防がわかる20章」というのを出しています。


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8.日本産業衛生学会での取り組み

 92年には、学会員の有志をつのって過労死の予防提言をするべきだと、日本産業衛生学会に循環器疾患の作業関連要因の検討委員会というのを作っていただきました。そして、95年に報告書を出しました。
 過労死の予防提言では、労働状態の改善をしなければなりません。長時間労働の制限、夜勤労働の改善や制限、仕事のストレスの緩和対策などが必要だという内容です。しかし長時間労働、夜勤労働を、法律で制限しなさいと書いたら、大企業の産業医の人たちが、そんなことをしてもらっては困る、会社の裁量でやることだと、猛烈な批判を受けました。
 それで、95年の報告書は、学会の理事長から見直ししてくれないかと言われ、98年に出し直しました。最初に反対した産業医の人たちとも意見をいただきましたが� �結局、同じような内容の提言になりました。
 たとえば長時間労働の制限では、週60時間以上の長時間労働は原則禁止する、サービス残業、持ち帰り残業などタダ働きの労働は原則禁止する。労働基準法ではタダ働きは禁止されているのですが、管理職にも適応して、長時間外労働は禁止するとしました。また、特にハイリスクな運転労働者、救急隊、警察官などの場合は、残業そのものを禁止するということも提言しました。
 労働条件の改善だけでなく、健康づくりのためのプログラム、EAPという考え方ですが、現在日本で普及しつつあるメンタルヘルスだけでなく、運動がしたい、禁煙をしたい、肥満を防止したい、そういうプログラムを用意して、企業が希望する労働者に提供する。会社でできなければ斡旋し、費用の� �助をする。そういうことを提言しました。95年ですから10年以上前ですね。現在、メタボリックシンドローム対策のプログラムで同じようなことを国が言っています。

9.長時間、タダ働き労働の問題

 90年代に入りますと、私達は長時間労働の危険性を益々痛感します。第一次石油ショックが始まるまでの時代は、日本の労働時間は徐々に減っていったのですが、その後は再び増加します。世界の先進国では減るのが当たり前の時代に、日本だけ増加したのです。
 当時、経済企画庁の研究所にいた徳永芳郎さんが、「働きすぎと健康障害」とい論文を93年にまとめました。過労死はどれくらい認定されたらいいのかで、彼は、年間1000件程度が妥当だと提案しています。当時、年間の認定は30件くらいで、現在でも精神疾患を合わせても400数件で、500件にいきません。ですから、すごい提案ですね。
 当時の労働省の報告では年間の日本人の総労働時間は、年間2100時間くらいでした。当時、欧米が1700時間台に入っていましたから 、それでも働き過ぎだと言われていました。ただ、労働省の統計は、企業が残業代として支払いをしたことを労働基準監督所に届け出たものから労働時間を計算しているので正確ではありません。徳永さんは、正確な年間総労働時間は労働省の発表するものより、300時間多いと言うことをはじめて発表します。この差は、以前から総務庁がおこなっていた労働力調査から、残業代未払いのサービス残業を含めた統計から、計算したのです。ようやく最近になって、厚生労働省がただ働きの対策を少し言い出しました。なお、国は、93年くらいになって、時短促進法という法律を時限立法で作り、年間総労働時間を1800時間にするとしましたが、まだ達成していないのに去年廃止しました。


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10.過労死の労災認定基準とその推移

 過労死の労災申請は増えていくのに、認定される人は増えないという矛盾がひろがるなかで1999年、国の認定基準が間違っているという判決が、最高裁判所で出されました。それまで地裁や高裁でいくら負けても、国はほとんど最高裁には上げませんでしたが、たまたま、最高裁に上げた2件とも国が敗訴し、大騒ぎになりました。国の認定基準が間違っているという判決です。それで国があわてて過労死の認定基準を変えました。それが2001年でした。「疲労の蓄積が脳血管疾患、心臓病を起こす」ことを認めたのですね。「過重労働主義」といっていますが、ようやく私の言っていたことが、一部認められました。
 過労死のそれまでの労災認定基準の推移ですが、1987年の基準「過重負荷主義」と言っています。これはそれまでの� ��災害主義」に加えて、発症前1週間以内の継続した過重負荷の存在。つまり一日16時間労働を週1日も休みを取らず、7日間続けて倒れたら認めようという内容で、多くの批判がでました。そのため、1996年に運用を多少弾力化しました。それまでは、毎年30件くらいしか認定されなかったのが、95年頃になって毎年80件くらいになり、2001年の新認定基準以降は300件前後になり、申請する人の大体4割は認められるとこめまできました。以前は1割に満たなかった。ただ、精神疾患や自殺を加えてもまだ500件にいかない。だから、まだまだこれからです。精神疾患の申請件数は急増していますが、自殺だけみても、認定されるのはせいぜい40件です。
 厚生労働省は、2002年「過剰労働による健康障害を防止するために事業者が講じる措置」と� �うのを出しました。時間外労働は週45時間以内、有給休暇の取得の促進、労働者の健康管理を徹底するという通達です。また、サービス残業について、無記名で申告しても、労働基準監督署が会社の指導に入って、全額支払わせるような活動を強めました。そういう点では、ある程度画期的な対策を打ち出しました。


11.厚生労働省の長時間労働対策

 厚生労働省のホームページで、100万円以上の割り増し賃金の是正指導企業数と是正支払い状況をみてみます。2001年4月〜2007年3月までの5年間では、指導企業数は5,162社、66万人の労働者を対象に851億円を労働者に支払わせています。1企業平均1651万、1人平均13万円です。これ氷山の一角ですけれども、厚労省がそこまで努力するということは、非常に素晴らしいと思います。もっとやってほしいと思います。
 厚生労働省の長時間労働対策としては、平成13年10月、所定外労働削減要綱を改訂し、平成15年5月には、賃金不払い残業総合対策を立てます。さらに17年度には賃金不払い残業解消キャンペーンなどしていますが、これも過労死の予防対策です。 それでも過労死が後を絶たないような職業もあります。私が一番大変だと思っているのは、長時間労働の典型であるハイヤータクシー業です。一般に、大企業1000人当たりの在職死亡数は平均1人ですが、ハイタクの場合は4人です。多少平均年齢が高いということはありますが、それくらいひどい職場も、嘲笑企業ではまだたくさんあるのです。
 厚生労働省は、「過労死危険チェックリスト」も作って啓蒙活動を強めましたが、98年からは、突然自殺が急増するのですね。

12.過労自殺について

 1998年、年間自殺死亡数は約32000人になります。その前の年が23000人、一挙に9000人の自殺による過剰死亡が生まれるのです。この頃東京三多摩のホテルで、中小企業の社長が3人同時に自殺という記事が新聞にでてびっくりしたのを覚えています。不景気だったし、たまたまこういうこともあるかなと思っていたら、翌年も3万人以上。その翌年になっても減らない。とうとう8年間ね3万人以上が続きました。想像を絶するような事態で、日本は自殺王国になってしまったのです。最近、サラ金でお金を借りると、生命保険に強制加入させられ、払えないで自殺すると生命保険で返してもらうという悪辣な企みがあるということもわかってきました。警察庁の職業別自殺死亡の統計では、中高年男性で、無職や被雇用者がとくに増えてい ることもわかっています。
 私たちも、自殺をする背景には何があるのかを知るために、過労自殺のケース調査をしました。過労自殺者で、一番多いのは長時間不規則労働、一番ストレスとして強いのが、上司のパワハラなどの職場の嫌がらせでした。これは、自殺前のストレスフルライフイベントの頻度や強さを調べてわかったことです。昨年判決がでた過労自殺では、上司が「お前を係長にしたんだから、俺の言うことを全部きけ」と言って何から何までやらせるんです。本人がはめていた結婚指輪も、「そんな個人的なものを職場に持ってくるな」とはずさせて仕事をやらせ、とうとう焼身自殺をするんです。そういうようなハラスメントがあります。実は自殺の労災認定でハラスメントはたいした問題視をはされていないで、� �定基準を改定させなれればと思っています。


13.ホワイトカラー・イグゼンプションのいま

 平成17年1月、小泉内閣のもとで、厚生労働省が一通の報告書を出します。サービス産業の成長で、ホワイトカラー労働者の割合が増加している。30代男性を中心に週60時間以上働く割合が増加し、年休取得率も低下している。それから、企業間競争の激化、高付加価値、創造的仕事の比重が高まっている。目標管理、年俸制、成果主義賃金の浸透、労働時間の長短でなく、成果や能力などにより評価されることがふさわしいと考える労働者が増加しているというのです。
 そして、この報告をもとに、ホワイトカラーエグセンプション、要するに、一定の年収以上の人がどんなに残業しても、残業代を払わないという制度をつくろうというのです。経団連は年収400万以上の労働者はいくら残業しても払わない、厚労省は1000万円以上で どうだろうと言っていたようです。1000万円も年収があるなら、いいと言う人もいたらしいですが、始め1000万円でも次には800万円、その次は600万円ということがあるかもしれない。だから基本的にはみんな反対しました。
 去年10月頃、連合の労働組合の人が相談したい事があります。ホワイトカラー・イグゼンプションの問題で、「導入したら、本当に過労死は増えるんです。その辺の本音がききたい」と聞かれました。私は「確実に増えます!また、導入すると、労働時間の歯止めがなくなるじゃないですか。また、過労死だと遺族が労災申請しようと思っても、残業時間の記録がないので認定される件数も減ります」と答えました。
 労働省は2002年に、残業は月45時間以内という通達をだしたばかりです。そした、残業代を払� �ないところは、徹底的に指導するというような事をやっているのに、それを、全部帳消しにして記録も残らないような制度を導入するというのです。だから、「絶対こんな法律導入してもらっては困る、からだを張ってでも阻止して下さい」とお願いしました。昨年12月に最終答申がでて、いまは1月の国会に法案が上程されるというところまできています。岩波文庫の少年少女の「モモ」という本があります。モモという女の子がいて、周りの大人たちがどんどんいなくなってしまうのですね。黒い制服の人たちがたくさんきて、今のうちに余裕のある時間を「時間貯蓄銀行」に貯蓄してくださいと宣伝するのです。そして、大人たちは、自分たちの余暇とかゆとりとか時間貯蓄銀行にどんどん売り払っていくのです。そういう黒い制服� �� のたくらみを知ったモモたち、子どもたちはみんなで力を合わせて、黒い紳士たちを追っ払ってします物語です。その小説では、紳士たちは時間泥棒と書いています。だから、私も、ホワイトカラーイグゼンプションの導入は、時間泥棒法案だと言ったのです。先日、日刊ゲンダイという夕刊紙は、「ホワイトカラーエグデンプションは米国の意向だった」とも書いています。
 結局、自民党の阿部内閣は、参議院選挙を前にして、「国民の理解が得られない」といって残業代ゼロ法案を断念しましたが、また出てこないようにしなければなりません。


14.最近の危険な徴候

 国は、ホワイトエグゼンプションだけでなく、年1800時間を目標にしていた時短促進法も廃止しました。労働安全衛生法を改定して、月100時間以上の長時間労働者のうち、希望する労働者には、保健指導を義務化するなどの対応をしています。月100時間以上残業やっていて、保健指導して下さいと言って来る労働者がどれくらいいるのか・・。こんなことを、まともに法律に書くのはどうなのかと思います。
 過労死問題は、昨年ころからまた社会的関心がたかまってきています。エコノミストという雑誌も、日本は「過労死大国」だという特集をしています。

15.生活習慣病とは

 ところで、厚生労働省のいう生活習慣病対策とは一体なんでしょうか。生活習慣病とは、平成8年12月、公衆衛生審議会が初めて、生活習慣病という言葉を使うことを意見具申しました。それ以降、成人病が生活習慣病に変わりました。ここでは、「成人病の発症には、生活習慣が関与している事が明らかになり、これを改善することで疾病の発症、進行が予防できるという認識を国民に醸成し、新たに生活習慣に着目した疾病概念を導入し、特に一次予防対策を強力に推進することが肝要である」と書いています。
 そして、病気の原因には「生活習慣要因」だけでなく、「遺伝要因」、「外部環境要因」の3つがあるとも書いています。この答申が出たとき、私は、「外部環境要因が変えないとういうのはおかしいじゃない� �すか。このなかにあるストレスこそ緩和されるべきだ」と文句をいいました。そしたら、メンバーのひとりの先生が、「君、ストレッサーは、厚生省の管轄でない。労働省の管轄です」、「だからいいんだ」言われました。厚生省と労働省が一緒になった現在、生活習慣病の要因には、是非ストレス要因を加えるべきと思います。
 なお、この答申には、「疾病の発症には『生活習慣要因』のみならず、『遺伝要因』『外部環境要因』など個人の責任に帰すことのできない複数の要因も関与するので、『病気になったのは個人の責任』といった患者に対する差別や偏見が生まれるおそれがあると言う点に配慮が必要である」とも一応言っています。
 最近はメタボリックシンドローム対策の時代です。メタボというのは、突然でて� �た言葉ですね。健康日本21対策、2000年から2010年までの目標を達成する対策にはまったくありませんでした。まだ終了していない健康日本21はいったいどこへいったのでしょうね。


16.まとめ

 昨年2月、私たちは過労死・自死相談センターというのをたちあげました。職域保健師さんもメンバーになっていただいています。ホームページも立ち上げました。ここでは、「あなたはどちらを選びますか?」という絵があり、左側は、spice of life 右側はkiss of death です。是非参考にみていただきたいなと思います。
 国は、特定健診、特定保健指導のもと、2015年までにメタボリックシンドロームを25%減少させるという目標を作っています。国のいうとおりにしたら、本当に減少できるのでしょうか。私は絶対に無理だと思っています。そんなできもしないような目標よりも、確実に地域や職域の人が健康づくりの体制を考えなければならない。ヘルスプロモーションとはなにか。みんなで健康問題を考える、保健師が地域や職場の人たちと一緒に考える場をどれだけ広げるか、それが一番大事ではないかと思います。国のつくった医療改革大綱をいくら読んでも、25%減少の方策は見えてきません。市町村の国保の保健師は何人いるのか、どう増やし、財源をどう確保するかもどこにも書 いていません。みんなお前らでやれとだけ書いてあるので、皆さんが過労死しても不思議ないですね。皆さんも、そういう清治の流れを確実にみながら、頑張っていただきたいと思います。

(2007年1月28日、全国保健師活動研究会特別講演、名古屋市)




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